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2010年7月25日日曜日

僕の「風に吹かれて」

最近、エビスビールのコマーシャルで、風の国のビールですと役所広司がつぶやいて、旨そうにビールを飲んでいた。風の名称がほんとに2000もあるのかいな、と思いつつ、風という浪漫がもつ響きで、ボブ・ディランを思い起こした。

How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.

どれだけ遠くまで歩けば大人になれるの?
どれだけ金を払えば満足できるの?
どれだけミサイルが飛んだら戦争が終わるの?

その答えは風の中さ 風が知ってるだけさ
・・・・
翻訳は数々あるが、これは忌野清志郎の翻訳である。ディランは、当時の英語詩翻訳の代表格であった片桐ユズル氏の訳詞が気に入っていなかったという風評も強く、未だ定番の訳がない。特にもっとも大切なラスト2行のニュアンスが、微妙だね。
英語の苦手な僕ですが、僕なりの解釈はこうだ。

「(友よ!)答とは(昔から)風の中にあるものさ。答はいつも風の中で舞っている。」

この詩は解説するまでもなく、1960年代の全世界の若者の心象を現していたのであった。当時、ジョンバエズや、PPMとかの厭戦的なフォークはいくらもあったが、全世界的なベトナム反戦闘争の時代の若者の思いと声に応えていた歌はこの「風に吹かれて」であった。僕は特別に音楽少年ではなかったが、中学3年でビートルズの衝撃を受けていた僕は、ローリングストーンズも聞き始めていて、「洋楽」一辺倒の音楽ライフに浸っていた。小島正雄の9500万人のポピュラーリクエストくらいしか田舎の高校生に情報はなかったが、ニール・セダカ、ポールとポーラ、カスケーズ、シルビーバルタン、リトル・ぺぎー・マーチ(I WILL FOLLOW HIMで大ヒットした彼女をいま、調べたら1948年生まれ。僕と同年齢であった。かなり大人に見えたのに)、ビージーズ、スコット・マッケンジー、フランス・ギャルとか、きら星が限りなく居て、ラジオからや買った来たドーナッツ盤から僕らのミュージックを解き放っていた。僕らは小学校の時から、「うちのママは世界一」「パパ大好き」「名犬リンチンチン」「名犬ラッシー」「サーフサイド6」「ルート66」「ビーバーちゃん」などのアメリカ製テレビドラマの洪水の中で育ったので、僕らのあこがれはアメリカだし、価値基準もそのなかに取り込まれていたので、日本の「流行歌」や演歌などに当時は僕ら聞く耳を全く持っていなかった。もちろん舟木一夫や橋幸夫とか、今となっては懐かしいけれどね・・。

1966年秋だと思う。仙台二高の映画愛好会(学校そばの河原で昼間から宴会して酔っぱらい、後日、学校に解散させたれた)の会長であった僕に、音楽好きの後輩の小野寺が、頭ぼうぼうで髪が逆立ちしているような風貌だが、顔は憂いがあるようなハンサム男の写真を僕に見せてくれた。これが、噂のボブ・ディランだという。奴が「彼は、朝起きて髪もとかさず、そのままレコーディングにいったり」「いつも風来坊で、レコード会社も困っているらしい」と、かなり低レベルの評論を映画愛好会の狭い部室で、ぼくに言ったものだ。「スゲーナー」僕なんかそれだけで、ぱっと未来が見えた気がしたもんだ。日本の高校生はみんな「バイタリス」を頭に振りかけ櫛を入れていた時代にだ。そのとき僕は、本当に衝撃を受けた。これが、あのボブ・ディランか。そうか、あちらの文化は今そうなっているのか。ハリウッド製アメリカのテレビドラマは幻想なのだった。その写真を見つめ、僕はビートルズやストーンズとも違い、つまり音楽の革命性だけでない俺たちの時代の生き方を一瞬にして、予見できたような気がした。僕らのまだ見ぬ未来をね。ああそういうことか、僕らには、もう一つの生き方があるんだ、とぼくはそう合点した。たかだか5分ぐらいのたわいない高校生の会話の中だったが、人生を変えた一瞬であったのかもしれない。「よし、東京へいって、どうしようもない大人たちに闘いを挑もう」と僕は決意した。

ボブ・ディランの「風に吹かれて」とか「Like a Rolling Stone」を聞くと、当時の友人たちの顔や心情、そして妻との出会いを思い出してしまう。いつの間にか、僕も老人になってきたと言うことなのだろうナ。
you tube で「Bob Dylan Blowin' In the Wind」とか「like a rolling stone youtube」で検索して開くとボブディランだけでなく、世界のアーチストたちによるカバーがたくさん載っている。

音楽は世界を変える、なんていうフレーズはきらいで、「へっ」何言ってんだよ、具体的な闘いだけが状況を突破するのだ、と二十歳前後は真剣に思考していた。でもやはり、音楽は世界を変えうるパワーを持っている。それはいま、はっきりとしているね。若者が思うほど世の中は急激には変化しない。そう、答はいつも風の中で舞(ま)っているのさ。

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